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2009年07月12日

両陛下がカナダ・ビクトリアにご到着:陛下、お疲れではありませんか?〜宮内庁の言行不一致

ご高齢の両陛下であるが、公務が増えていると言う。

以前から宮内庁は「公務を減らす」と言って来た。
にも拘らず、逆に公務が増えている
である。

これは一体どうしたことか?

両陛下がカナダ・ビクトリアにご到着 思い出の地に56年ぶり
2009.7.11 19:53  MSN産経ニュースより

【ビクトリア(カナダ)=白浜正三】カナダを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は10日夕(日本時間11日午前)、バンクーバー経由でカナダ西部のビクトリアに到着された。ブリティッシュ・コロンビア州の州都ビクトリアは、1953(昭和28)年に当時皇太子だった天皇陛下が初めて海外で宿泊された地。「思い出の地」への56年ぶりのご訪問となる。

2週間に及ぶ海外ご訪問。
陛下にとっては「思い出の地」もあり、楽しんでおられることと推察
されるが、帰国後に「お疲れ」が出ないか心配している。

宮内庁では、ご高齢を理由に「今後、公務を減らしていく」
発表しているのだが、行事内容を見てみると、減ってなどいない。
それどころか公務が増えているのである。

何故だ?

>> 天皇皇后両陛下のご日程

    19年  20年  21年
1月  41   49   55
2月  41   33   34
3月  53   55   61
4月  50   59   72
5月  39   51   52
6月  40   45   52
小計  264  292  326
斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」 vol.89より

この数字を見れば、一目瞭然だ。
宮内庁のやっていることは「言行不一致」なのである。

しかも、宮内庁の言っている「ご公務を減らす」と言う意味は
「宮中祭祀」を減らすという意味なのである。
これは所謂「公務」ではない。

「宮中祭祀」は、天皇の「本業」であって、公務と言うものとは
次元が違うのである。
にも拘らず、宮内庁は「公務を減らす」と言いながら「宮中祭祀」
の方を減らしているのである。

宮中祭祀
天皇皇后両陛下は,皇太子同妃両殿下の時代から,宮中三殿(賢所,皇霊殿,神殿)における祭祀を大切にしてこられました。古くから伝えられる祭儀を忠実に受け継がれ,常に,国民の幸せを祈っておられます。
主要祭儀一覧


他の公務に関しての説明は、何十行も解説しているのに、この
宮中祭祀に関しての説明は、上記のようなたった4行でしかない。
そのことにまず腹が立つのだが、本来の天皇の本業である宮中祭祀
を、このように軽く扱っているのが、現在の宮内庁である。

では、その宮中祭祀はどうなっているかと言うと
ご負担軽減の標的にされている祭祀はどうでしょうか。
同様に過去3年間について比較してみます。

    19年  20年  21年
1月  8    7    4
2月  4    3    2
3月  2    4    1
4月  2    3    3
5月  4    1    1
6月  3    3    3
小計  23   21   14

 6月についてはご負担軽減の標的にされなかったのか、というと、そうではありません。1日の旬祭(しゅんさい)のお出ましは、今年はありませんでした。それでも総件数が減っていないのは、カナダ、ハワイ公式ご訪問を前にして、先帝の御陵に参拝されているため、表面化しなかっただけです。

 天皇第一のお務めである祭祀が狙い撃ちにされる状況は変わりません。
斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」 vol.89より

これも、一目瞭然だ。

意図的とも思える宮内庁のこのやり方は、何を意味するのか?
斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」vol.88によると、

繰り返し申し上げてきたように、ご高齢で療養中の陛下にとって、ご公務のご負担軽減は急務です。ところがご日程の件数はいっこうに減らず、祭祀ばかりが標的にされています。御代拝の慣習は反故(ほご)にされ、伝統を破る祭祀の簡略化が進められています。

 宮内官僚らがこれらを「ロクでもないこと」とみずから認識したうえで推進しているのか、といえば、そうではない、と私は考えています。むしろ官僚として有能であるがゆえに、確信的に「ロクでもない」簡略化を進めるのであり、これは官僚としての悲しいサガなのでしょう。それだけ根が深い、一筋縄ではいかない問題なのだと考えています。

 拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書いたように、昭和の祭祀簡略化は入江侍従長の俗物性に始まり、富田長官の無神論によって本格化した、というのが私の見方ですが、平成の祭祀簡略化の推進力は、これらに続く官僚的先例主義です。

 問題は、法と先例にしばられ、暴走する官僚たちをコントロールする力が働かないことです。

そもそも天皇の祭祀の本質について社会的な理解が乏しいなかで、簡略化に反対する抵抗勢力が見当たらないことです。

要するに、「自分たちがやりたくない事は、簡略化する」という
官僚達の「エゴ」であるということだ。

そこには、陛下に対する配慮など、微塵も見られない。

7年前の皇后陛下の言葉

 ある民族派団体の月刊誌が巻頭言で、関係当局の深思猛省を促しています。皇后陛下の14年のポーランド・ハンガリーご訪問を前にした記者会見の言葉を引用し、大胆な軽減策の検討を訴えています。

 この年の5月に、日程の一部を控えられるほど長引く風邪を召された天皇陛下でしたが、7月の海外ご訪問は強行されました。皇后陛下は会見でこう仰ったのでした。

「(今上陛下が)年をお加えになる中、お仕事は減っておりませんので、これからは陛下のお疲れに皆して注意し、適当なご静養をとっていただくことが大切と思います。

 陛下のお仕事は、他の者が代わって差し上げるということのできないものが多く、周囲も交代でお供をいたしますので、連日にわたる陛下のお仕事の総量を、ともすれば見失いがちになります。

 陛下のお仕事の性質上、私もすべての時におそばにあるということはできませんが、陛下のお仕事の量や連続性をおそばにいて体験し、せめて陛下のお疲れの度合いをお察しできるようでありたいと思っております」
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gaikoku/gaikoku-h14-easterneurope.html

皇后陛下が「もっと、配慮しろ」と言っているのである。

であるのに、宮内官僚たちは、自分たちの都合ばかりを優先させ、
公式行事や大使などとの拝謁を増やし、肝心な宮中祭祀は、自分たち
が苦手な事であるので、簡略化し、ゆくゆくは廃止までしようとする。

天皇が宮中祭祀をしなくなったら、それは「天皇」ではなくなる。
天皇は「宮中祭祀」をするためだけに、存在すると言ってもよい。
国民の安寧を一心に祈ることが「祭祀王」である「天皇」の仕事
であって、その他のことは「付録」にすぎないのだ。

宮内官僚達も「適応障害である」と言えるのではないか?(苦笑)


国民は、日本における天皇の存在の重要性を、もっと真剣に
考えるべきではないだろうか。

天皇がいなくなれば、日本は間違いなく滅亡する。
それがわかっているからこそ、歴史上、戦国時代であっても
朝廷を重要視してきたのである。

日本という国は、「天皇を中心として、国民は皆同じ」という
価値観でここまで発展してきた。
その中心が抜ければ、国の姿を保つ事ができないのだ。

よく天皇の話をすると「国粋主義者だ」と決め付ける人がいる
そうではない。
天皇そのものが「日本の伝統」であり「日本の価値」であり
日本の文化」を体現しているのである。

だから大切にしましょう、と言っているのに過ぎない。

日本が日本であるためには、天皇が必要なのである。


そして天皇は、我々が言う「緑」の象徴であり、これを守る「保守
「緑の保守」という概念なのである。

「緑」とは、「農業」であり「林業」であり「漁業」である。
それらを守る「鎮守の森」が「緑」となる。


官僚支配は、宮内庁にも及んでいると言う事を、知るべきだろう。


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両陛下がカナダ・ビクトリアにご到着 思い出の地に56年ぶり
2009.7.11 19:53  MSN産経ニュースより

【ビクトリア(カナダ)=白浜正三】カナダを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は10日夕(日本時間11日午前)、バンクーバー経由でカナダ西部のビクトリアに到着された。ブリティッシュ・コロンビア州の州都ビクトリアは、1953(昭和28)年に当時皇太子だった天皇陛下が初めて海外で宿泊された地。「思い出の地」への56年ぶりのご訪問となる。

 両陛下は10日午後(日本時間11日未明)、トロントのレスター・ピアソン国際空港を政府専用機でご出発。約5時間後、チャーター機への乗り換えのためいったんバンクーバーにご到着。来年バンクーバーで開催される冬季五輪のスピードスケート会場となる「リッチモンド・オーバル」をごらんになった。

 ビクトリア到着後、両陛下はブリティッシュ・コロンビア州副総督邸を訪問、スティーブン・ポイント副総督夫妻と懇談された。陛下は1953年にも副総督邸に宿泊されているが、当時の邸宅は1957(昭和32)年に火災で焼失。当時のまま残っているのは重厚な門だけだが、再建された邸内は威厳がある。

 ポイント副総督によると、陛下は懇談の中で「ビクトリアにもう一度行きたいと思っていた」と話し、さらに皇后さまにもビクトリアを一度見せたいと思っていたと語られたという。

 ポイント副総督はカナダの先住民族の出身。しかも母が幼少時に日系人の家庭に養子に入って「クミコ」という名前をもらい、自分の孫にも「クミコ」という名前をつけたという。「先祖を讃え祈りをささげるわれわれ先住民と同じスピリットを持っている」と、日本に寄せる心情は温かい。

 両陛下の来訪を「特別な機会。日系カナダ人にとっても、忘れられない思い出になると思う」と話した。
     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
斎藤吉久Webサイト

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posted by 緑の保守派 風のヤマオヤジ at 12:04 | 長野 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 皇室制度
この記事へのコメント
できれば”天皇”ではなく
”天皇陛下”と書こうね!
Posted by ジュルジュ at 2012年09月19日 09:38
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 履歴書の同上 at 2013年06月02日 11:54
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