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2008年12月08日

NHK 最後の戦犯:実話の再現ドラマに見る戦争観

NHK 最後の戦犯 番組HP >>>

終戦のわずか5日前、上官の命令に従って一人の米兵を処刑した
見習い士官・左田野修さん(当時22歳)。
岐阜県多治見での3年半余りの逃亡生活の後、戦犯として裁かれ
ました。日本国内での「最後の戦犯裁判」でした。

    =====================

ずいぶん描き方が変わったなあ〜〜、というのが印象だった。


命令に従って捕虜の処刑人となった見習士官の判決は、
5年の重労働だった、しかし・・・。


この判決および、このドラマに対する見方は、人によって
色々な見方があると思う。

監督は鄭 義信氏・・・・・。


私のように「へその曲がった者」は、監督名を見ただけで
「どうせ・・・」という感じで見てしまう。(苦笑)
しかし、以外や以外、なかなか心の襞を捉えた、いいドラマに見えた。

細かい描き方には文句もあるが、実話がベースになっていることから
そう捻じ曲げた表現にはなっていないように感じた。

ただ朝鮮人捕虜の「いつも私らは犠牲にされる」というようなことを
言っていた事に反発するのは、私の性格の悪さからか・・・。(笑)

朝鮮半島の民族は、未だにこの感覚で居ると、思っているからだ。
私に言わせれば「自分たちがしっかりしないからだ。」となる。
迷惑を蒙っていたのは日本だ」と・・・。


まあ、それは今回は追及しないで置くが・・・。(笑)


戦犯もA,B,C級とあるわけですが、もしこれで裁くなら当然、
連合国側にも同じ連中が居るはずではないか?
戦争をすることは「犯罪」とはされていないのが
当時の国際法である。


それでいけば「戦犯」なるものは、あるわけがない。


ただ「敗戦国日本」として「戦争に負けた国民への責任」はある。
その意味では、A級戦犯とされた人々は、重い責任がある。
国民を悲惨な目に合わせた責任が・・・である。

ましてB,C級戦犯とされた人たちの多くは、ここで描かれているように
上官の命令」で行動した人がほとんどだろう。
私の父親から聞いている範囲で判断すれば、「命令は絶対」であり
どんなことでも「絶対服従」が原則であった。

逆らえば「命令違反」で「軍法会議」にかけられるのだから、
個人に選択の余地は無い。下手をすればリンチにあう。


ならば、彼らに「責任」を問うのは、「理不尽」以外の何者でもない。

日本人は彼らを責めてはいけないのだ。


戦勝国側にしてみれば、「腸が煮えくり返っている」だろうから
何らかの「裁き」をしなければ、国民が納得しなかっただろう。
日本軍は強力で、連合国側の犠牲者は半端ではなかったのだから。

戦争に負けた

これがすべてだ。


「だから、裁かれても仕方が無い」のである。


しかし、戦後の日本人には「連合国側に寝返った」ものが沢山居た。
ドラマの中で主人公の家族や、主人公を追い詰めた「警察」は、
その典型であるし、教師をしていた妹が学校を辞めなければ
いけなかった理由は「公職追放」にあったからだろう。

当時、連合国側に都合の悪い日本人は、公職から追放され、
迫害を受けていた。
すなわち、連合国側に抵抗するものは、社会活動を出来なかった
わけである。

従って後に残ったのは「左翼」であり、現在の「日教組」の
原型と言っていい連中なのだ。
「日和見」でなければ、当時は悲惨な生活しか出来なかったという
現実があり、責めても仕方が無いのだが・・・。

警察にしても心ある者は「見てみぬ振り」で、真剣な捜索は
しなかったらしく、だから、「さぼっている」と責められて
肩身の狭い思いをしていたはずだ。


私の父親は、「戦犯なんてない」と、何度も言っていたのだ。
満州からインドネシア戦線と転戦して、怪我をして帰国。
終戦時は、故郷の秋田で「新人教育」をしていた幸運?な人だ。

背中には無数の傷跡が今でもあり、背中の左肩甲骨の下には、
大きな銃弾の後が生々しい。
風呂場でよく、じっと見入っていた記憶がある。
小さいながら「聞いてはいけない事」のように感じていた。

そんな父親が「負ける戦争をしたのが悪かった」と言うのだ。
多くを語らなかった父だが、このことだけはボソリと言った。



戦争はしない方が良いに決まっている。
が、しかし、どうしても避けられないのなら「勝つ戦争」を
しなければいけない。

だから「外交戦略」が大切になってくる。
「外交」に勝つには「情報戦争」に勝たなければいけない。

日本には「決定的」に「情報」が足りない。
そのシステムも無いに等しい。
だからいつも世界に置いていかれるのだ。

湾岸戦争の時、130億ドルも援助していながら、
世界から「嘲笑」を浴びた原因は、現実に対応が出来なかったからだ。
多国籍軍が日本に望んでいた事がわからなかった。

「日本は、いやいや金だけ出してお茶を濁した」と評価された。
政治が貧弱だと、こういう評価しかされないのが世界であろう。
当時は「海部首相」であり、「小沢幹事長」であり、
岡本行夫第一北米局課長」であった。

この時の教訓が「イラク派兵」につながっている。
当時の小泉首相は、ブッシュの別荘で「脅された」のだ。
プレスリーのモノマネで誤魔化していたが・・・。(苦笑)


今日の日本の政治の混迷は「重大な危機」を孕んでいる。
世界中が「次の世界秩序」に向けて動いているのに、日本は
リーダーすら決められないで居るのだ。


このドラマを見て、「二度と負ける戦争はしてはいけない」と
あらためて「日本再建」を心に誓った次第でありました。(笑)

    =======================

原作 ノンフィクションライターの小林弘忠さんが書かれた
   『逃亡〜油山事件戦犯告白録』 

製作スタッフ −−−−−−−−−−−−−−−

作 : 鄭 義信 (NHKでは 「シェエラザード」「すみれの花咲く頃」 ほか)
原案 : 小林 弘忠 「逃亡〜油山事件戦犯告白録」
音楽 : 大友 良英 (NHKでは 「クライマーズハイ」「鬼太郎が見た玉砕」 ほか)

制作統括 : 磯 智明
演出 : 柳川 強

制作 : NHK名古屋放送局

 概 要 −−−−−−−−−−−−−−−−−

終戦のわずか5日前、上官の命令に従って一人の米兵を処刑した見習い士官・左田野修さん(当時22歳)。岐阜県多治見での3年半余りの逃亡生活の後、戦犯として裁かれました。日本国内での「最後の戦犯裁判」でした。

左田野さんが獄中で綴った「告白録」が近年、発見されました。それは「個人の戦争責任」を問い続けた何百枚にも及ぶ手記でした。この膨大な手記に基づいて“敗戦国日本の戦争責任”を個人で考え抜いた一人の若者の姿を描く迫真のドラマをお送りします。

逃亡生活で出会った人々の上に色濃く残る戦争の傷跡、“戦争犯罪人”の身内として不当な差別にあった家族の苦悩、処刑を命じた上官たちの葛藤・・・様々な人間模様を織り交ぜながら、“戦争の罪悪”を問いかけます。

あらすじ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−

吉村修(24)(ARATA)は昭和20年8月10日、福岡郊外で捕虜米兵の斬首を上官から命令され、日本刀を振るった。7月に見習い士官として配属されたばかりの修にとって、人生でたった一度の殺傷行為だった。
戦後、進駐軍は「捕虜を虐待したものは、当事者その人に責任がある」として“戦争犯罪人”に厳しい処分を課した。
21年早春、元上官の加藤(石橋凌)は修たちに逃亡を命じる。責任をうやむやにしようとする加藤に対して、納得できない思いを抱えながらも、逃亡するしか生き延びる道はない。修は岐阜県多治見の陶器工場で職人修業をしながら、復員兵「松田忠之」として身を隠す
(中略)
逮捕された修は法廷で、上官たちの醜い責任の擦り合いを目にする。また巣鴨プリズンで、死への衝動に駆られる同僚や朝鮮人戦犯の不条理な姿を垣間見て、自分は戦争の「被害者」ではなく「加害者」でもあることに思い至る。・・・修への判決が下される時が迫っていた。
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

posted by 緑の保守派 風のヤマオヤジ at 00:00 | 長野 ☀ | Comment(9) | TrackBack(1) | マスコミ関係
この記事へのコメント
 おはよ〜ございます!
 戦犯とレッテルを貼られてしまった方たちは、多くを語れませんね。当時の事情もありますが、言い訳をしない、という矜持もお有りだったのでしょう。先人の残して下さった平和に感謝です。
Posted by keiko at 2008年12月08日 07:49
こんにちわ。私は戦争と戦争映画に関心のある者でこの戦争ドラマに関する日本人の反応をしりたくて検索しました。このドラマへの反応はおおむね好評で、特にNHKのHP掲示板に投稿されているように「戦争犯罪って何なのか自分で考えたい」という反応が多いと思います。

その中で貴殿は明らかに知識不足から大きな間違いをしているようなので僭越ながらコメントさせていただきます。

>戦争をすることは「犯罪」とはされていないのが当時の国際法である。
>それでいけば「戦犯」なるものは、あるわけがない。
 あなたは混乱していますね。まずドラマの主人公が裁かれたのはB級戦犯としてであり(一般にBC級と呼ばれるが実際にはB級しかない)、B級戦犯=一般的な戦争犯罪が問われています。即ち戦争での過剰に残虐な行為の禁止です。これは日本が戦争を開始した時点で既に国際法で規定され日本も遵守に同意しています。従って、主人公が戦犯に問われるのは当然です。
 問題はそのくせ日本軍は実際には兵には国際法の存在を教えず、一方軍自体は残虐行為をけして否定しない方針をとり、兵士には絶対服従を要求したことです。これでは日本の末端の兵士が戦争犯罪を犯すのは当たり前でしょう。従って主人公が苦しむ原因の大きな部分は実は日本軍にあるのです。


>ならば、彼らに「責任」を問うのは、「理不尽」以外の何者でもない。
>日本人は彼らを責めてはいけないのだ。
 当時の日本ではBC戦犯への風当たりは強かったようですが、今はないでしょう。そして貴殿の論調は、「世界の人は彼らを責めてはいけない」と受け取れます。上記の経緯を知れば、それは間違いでしょう。
 たしかに戦犯裁判は戦勝国が敗戦国を裁く過酷なものですが、それも国際秩序の一つです。すなわち戦勝国でさえ裁けなかったら誰が裁くというのでしょうか?現在では旧ユーゴ紛争などの戦争犯罪人は国際司法裁判所で裁かれており、それは「国連の下」で裁かれています。そして日本はその国連を支えている主要な国の一つです。即ち、第2次世界大戦後日本も含めて国際社会は、こうした戦争犯罪を「国際社会の秩序」として禁止し裁くようになったとという事をお考えください。
 更に、今や「国際社会の下」で戦争犯罪を裁くことが曲がりなりにも可能になったことで、戦勝国の犯罪をも理論的には裁けるようになった事をどう考えますか?すなわちアメリカはイラク戦争でのアメリカ軍の戦争犯罪を問うことを拒否しているという事実があるという事です。これは国際社会は戦勝国アメリカの戦争犯罪を問うているが、アメリカは抵抗しているという事でしょう。


>戦争をすることは「犯罪」とはされていないのが当時の国際法である。
>それでいけば「戦犯」なるものは、あるわけがない。
これはA級(平和への罪=侵略戦争を行った罪)の事ですね。これらはあなたのご存知のように1945年以降に裁判で採用されたものです。日本人でこれらに問われたのは、東京裁判被告の日本の指導者たちです、従ってこのドラマとは直接関係ありません。

>ただ「敗戦国日本」として「戦争に負けた国民への責任」はある。
>その意味では、A級戦犯とされた人々は、重い責任がある。
>国民を悲惨な目に合わせた責任が・・・である。
 貴殿はここからBC級む含め日本の戦争犯罪を全て否定しているように受け取りました。しかし貴殿の論旨で言えば、日本人の手で「国民を悲惨な目に合わせた責任」を裁けば良いのではありませんか。そして実際にドイツではそのような裁判が行われています。又日本でも読売新聞が紙上でしたように、事後の議論としてそれは可能です。読売新聞のその検討結果はほとんど東京裁判の結果と同じでしたよ。
 こうした経緯を知ればA級も含めBC級も、全ての日本の戦争犯罪者には、「それなりの罪」があったから責任を問われたと受け取るのが当たり前であることがおわかりでしょう。


>「戦争に負けた」
>これがすべてだ。
 上記から結論として、戦争犯罪を問う必然性は今やそれが国際社会の秩序だからなのはお分かりでしょう。そして今や戦勝国も問われる可能性があります。これがわかれば「戦争に負けたのが全ての原因」というのは完全な間違いであり、ひどく幼稚な考え方です。そしてあなたが幼稚なのは下記のように実は非常に古い父親の体験から一歩も前進していないからですね。

>そんな父親が「負ける戦争をしたのが悪かった」と言うのだ。
>多くを語らなかった父だが、このことだけはボソリと言った。
 あなたがひどく幼稚なのは、上記の父親の発言をそのまま受け入れているからですね。この父親の発言は実際にはどうしようもなく古くさいもので、日本軍の残虐行為をどう考えればいいかわからない、大昔の知識の不足から出てきた狭量な観念です。
 即ちこうした発言はけして日本が負けた1945年以降に出てきたものではなく、日中戦争での日本兵の当時の体験談に既に出てきます。それは「日本軍によって」大量に民間人が殺され、略奪される様子、それらの不法行為でひどく混乱した中国社会の様子を見て、戦勝国であった日本の兵隊が漏らした感想なのです。
 当時の日本兵はこうした残虐行為・不法行為が国際社会で禁止されているのを知らず、自分の残虐行為が、本来してはいけないものだと知らなかった。そのため戦争で負ければどこの国でもこういう酷い目に会うのは仕方がないと思っていた。だから出てきた発言です。


 今では昔の日本軍のこうした残虐行為が戦争犯罪にあたり、国際社会はけしてそれを許さないのはお分かりでしょう。従って「戦争に負けたから何でも酷い目にあう、負けたらいけないのだ」は完全な間違いです。実際には戦争でもある程度の秩序があり、残虐な殺人はいけない戦闘に関係ない民間人への虐待はいけない。また戦後もたとえ戦勝国が何でも好きなようにできる訳ではありません、ある程度の枠があるのです。戦争犯罪、それは20世紀までの人間が戦争を反省し、形ってきた一つの秩序なのですよ。
Posted by naokora at 2008年12月08日 16:10
naokora さん、丁寧なコメントありがとう。

理想を語ってくれてますね。
あなたの思考回路は、以下によく出ています。

>>> 今では昔の日本軍のこうした残虐行為が戦争犯罪にあたり、国際社会はけしてそれを許さないのはお分かりでしょう。従って「戦争に負けたから何でも酷い目にあう、負けたらいけないのだ」は完全な間違いです。実際には戦争でもある程度の秩序があり、残虐な殺人はいけない戦闘に関係ない民間人への虐待はいけない。また戦後もたとえ戦勝国が何でも好きなようにできる訳ではありません、ある程度の枠があるのです。戦争犯罪、それは20世紀までの人間が戦争を反省し、形ってきた一つの秩序なのですよ。


>今では昔の日本軍のこうした残虐行為が戦争犯罪

具体的にどういう残虐行為があったのか、書いておられませんが、時代考証を現代と混同していませんか?

国際司法裁判所なるものが、どれほど機能しているのかは、なはだ疑問です。
システムをいくら変えてみても、同じ事の繰り返しですよ。
要は、その思想的背景の問題ですから・・・。

そこを考えなければ、何も変わりません。

幼稚な考えでも、本質を捉えていることはあるのです。理論など後付でしかありません。
歴史が繰り返されるのは何故か?

もう一度、考え直した方がよいのでは?(笑)

Posted by オヤジのつぶやき管理人 at 2008年12月08日 16:43
 こんばんは〜!
 凄い論理戦ですねぇ、びっくり!
現代でもイラク戦で米軍が民間人を誤爆しちゃってるけど、、、戦犯???残虐ですよねぇ。国際法で裁いて頂こう!Go!Go!

 SMAPの中居君が「私は貝になりたい」の映画に出演するそうですけど、今回はどんな映画に仕上がってるのでしょうかね?
Posted by keiko at 2008年12月08日 20:58
 こんばんは〜!
 凄い論理戦ですねぇ、びっくり!
現代でもイラク戦で米軍が民間人を誤爆しちゃってるけど、、、戦犯???残虐ですよねぇ。国際法で裁いて頂こう!

 SMAPの中居君が「私は貝になりたい」の映画に出演するそうですけど、今回はどんな映画に仕上がってるのでしょうかね?
Posted by keiko at 2008年12月08日 21:22
>具体的にどういう残虐行為があったのか書いておられません
回答:私がすぐに言えるもので書けば従軍慰安婦です。日本軍の戦争犯罪で1これほど広範に行われ、2世界中から非難されているにもかかわらず、3未だに日本人が認識しておらず公式の謝罪も賠償もしていない問題はないでしょう。慰安婦とよばれた方へどんな残酷な行為を行ったかについては例えばネット上に自由にたずねる事のできる場所では http://ianhu.g.hatena.ne.jp/ といったものがあり、詳細はそこで知ることが可能でしょう。

>時代考証を現代と混同していませんか?
我々は常に現在の問題を論じている。63年前に終わった日本の戦争犯罪は今でも裁かれつつある事をあなたは知らないようだ。例えばドイツではこうした犯罪には時効はない。自分の無知を恥じるべだろう。

>国際司法裁判所なるものが、どれほど機能しているのかは、なはだ疑問です。
旧ユーゴ紛争の当事者たちは国際司法裁判所で裁かれています。又日本はそれを支える国の一つです。日本が世界の平和と秩序を重んじる国であればこうした機関の判決に従うのは当然のことでしょう。
具体的に書けば、もし自衛隊が国際紛争に関与して残虐行為をすれば、ここで裁かれる可能性があるということです。

>その思想的背景の問題
国際司法裁判所に連なる戦争裁判の思想的背景は「法の支配」でしょう。即ち、国際社会全体で一つの法を共有し、その法の秩序に従うことで、紛争を未然に解決し平和をつくるということです。

 これは「国際社会を」「一国の社会」に読み替えればで常識的で有効な考え方であるのは理解できるでしょう。それぞれの国家に主権を認める国際社会でも、経済・文化など国家間の関係性は無視できず、これは国際社会全体が一つの共同体として動いているという見方です。そして今では国連を中心として公的に国家を縛る規則が既に存在している。日本が世界の平和と秩序を重んじる国であれば、それを推進すれこそ反対することは考えられません。

>歴史が繰り返されるのは何故か?
なんの歴史か不明ですが、戦争の歴史で言えば繰り返されていません。20世紀以降の全ての戦争を統計的に分析した結果は、今ではもはや大国間の戦争は難しいだろう事を示しています。即ち第2次大戦以降たくせんの戦争が起きたかが、実際に大国が衝突することはなかった。それを考えるべきです。

あなたの間違いは根本は知識の不足に発していますね。戦争と平和、その中の一主題としての戦争犯罪について、50年代の敗戦直後とは異なり、今ではかなり多くの情報が得られる。そうした情報をまったく吸収せず、未だに1930年代の体験だけで戦争を判断しようとしている、そこに貴殿の大きな間違いがあると思われます。

もう一度、勉強して、考え直した方がよいでしょう。
Posted by naokora at 2008年12月09日 12:19
naokoraさん、あなたは国際社会が「善」と言う前提で物事を考えているようですが、そこがそもそも間違っていませんか?

私と違って、あなたはよく勉強されている知識人
なのでしょうが、思い込みがちょっと強いようですね。

それと、歴史を語る場合、時代状況を踏まえて
考えなければ、その時の対応がどうだったかは
判断できないでしょう。

第二次大戦以降大きな戦争が無かったのは、「冷戦」という軍事バランスがあったからで、世の中が進化して平和になったわけではありません。

その後、アメリカ覇権が終わり、今、世界は
主導権争いが盛んになっています。
印パ間を見ても、「もう戦争は無い」とあなたは
言えますか?

従軍慰安婦なる言葉を作って、昔からこう言われていたかのような発言は、慎むべきでしょう。
軍が主導して行ったと言う事実は確認されていませんよ。
むしろ軍は「慰安婦を強制徴集してはいけない」という通達を何度も出している事実を知っていますか?

慰安婦がいたことはわかりますが、「従軍」ではありませんよ。こういう行為は、日本だけではありません。

慰安婦が「自分から行きました」などと言えるわけも無く「連れて行かれた」と言うしかないでしょう。
騒がない事が「彼女達の為」でもあるのですよ。

自分の知識を過信しない方がいいですよ。
老婆心ながら・・・。(苦笑)
Posted by オヤジのつぶやき管理人 at 2008年12月09日 16:24
しばらく前に、慰安所の経営者の方の「日記」が発見され、日本と韓国の学者により調査されています。
そのうち本として出版されるようです。
ここいらが、あの時代の真実を教えてくれるものと考えています。

Posted by 核心 at 2013年08月13日 13:33
従軍慰安婦ww
そんなものいなかったでしょ。

慰安婦はいましたけどね。

それと、勝った方は裁かれていないんだから、やはり、負けるような戦争をしてはいけない、という認識は正しいでしょう。


Posted by なみ at 2014年07月04日 18:34
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Excerpt: 視聴室:最後の戦犯 毎日新聞「私は貝になりたい」のリメーク映画が公開されるなど、BC級戦犯が注目されている。まじめに生きれど、報いられることのない不条理に満ちた世相と、通じるものがあるのだろうか。 米..
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