心より、ご冥福をお祈りいたします。
初めてネパールに行った時、川喜多さんが作った「水道施設」や
「植林事業」を見て、私もNGOに参加しました。
その後、何度と無くネパールを訪れて、私なりに現地の生活向上に
貢献したつもりではあるが、川喜多さんには「足元にも及ばなかった」。
「KJ法」創始者、文化人類学者の川喜田二郎さん死去
2009年7月9日18時22分
文化人類学者で、カードを使った独自の発想法、KJ法の創始者として知られる川喜田二郎(かわきた・じろう)さんが8日、敗血症のため東京都内の病院で死去した。89歳だった。葬儀は近親者で営み、後日お別れの会を開く予定。喪主は妻喜美子さん。
京大文学部卒。東京工大教授、筑波大教授、中部大教授などを務めた。旧三高、京大時代に故今西錦司氏らのもと探検調査活動に明け暮れた経験を生かし、50年代以降、ネパールの学術調査など数多くの業績を上げた。その体験の中から、ベストセラーとなった著書、「鳥葬の国」「ネパール王国探検記」などが生まれる。
KJ法も野外調査でのカードによる情報整理の手法がヒントだった。一つのデータを1枚のカードに記し、多くのカードから共通点や違いを見つける。多彩な考えを一つの発想にまでまとめ上げていく系統的方法として完成させ、70年代以降、多くの企業や自治体、大学で広く活用された。ネパールの山村の生活改善運動に尽くした功績で84年にはマグサイサイ賞も受ける。文明論、組織論など数多くの著作は「川喜田二郎著作集」(全13巻、別巻)に収められている。
故今西錦司氏と共に、尊敬する人であった。
「KJ法」は、今の職場でも使っており、非常に有効な手段で
ずいぶん助けられてもいる。
私は「山岳環境保護団体」で、十数年間活動をしていた時、
ネパールのある村で「ゴミの焼却炉」を作りました。
その後、その隣村に「リンゴ園」を作り、現在では毎年収穫
出来るようになっている。
村の現金収入の足しに少しは役に立っているだろうか。
このプロジェクトの途中、何度と無く川喜多氏のプロジェクトを
視察に行かせて貰った。
途中の村でのランチタイムで、現地の人たちとの素朴な会話が
こよなく好きである。
生活が貧しい為に「環境破壊」を、せざるを得ない生活状況に
心を痛めながらも、環境保護の大切さを訴え、それが自分たちの
利益になることを訴えた日々が懐かしい。
だがある日、我が日本を省みて愕然とし、上から目線で見ていた
自分を反省して、今度は国内に傾注しだした。
しかし、この国の病は根深く、ネパールどころではない。
環境破壊どころか「精神破壊」を起しているように見えるのだ。
私は、川喜多氏の思想に「緑の保守」を見た。
そして今、私自身が「緑の保守」を名乗り、活動を始めている。
この訃報に、気落ちしながらも、先人たちの遺産をなんとか
復活させたいと、微力ながら再び、動き出した昨今である。
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